砕月さいげつ人心じんしん鬼想きそう


   原曲「砕月」 作詞:蒼桐あおぎり大紀たいき
    『東方緋想天 ~ Scarlet Weather Rhapsody.』黄昏フロンティア


 よる静寂しじまらいだ かすみゆくその御影みかげ  あおるもあたわず くだみずつき

 水面みなもおどひかりは 気配けはいだけをのこして

 たけさまは いにしえかたりにぞ垣間かいま


 山霧やまぎりいてすそを見下ろせば まばゆいばかりの星明ほしあかり

 往来おうらいいそ影法師かげほうし とどまることもなく

 めぐる季節きせつを幾度いくどらしても はな姿すがた相似あいにたり

 されどひとおなじからず こころをなくしたのか


 とおおもはいせば ひとときのいとまいこわれて

 はなかげにぞとも

 いまはゆめ やすらかに


 いつしかだれもがなくし わすれゆく童歌わらべうた

 ゆうさりぞらかぜやみ かげさえものこさずに

 地上ちじょうほしのぞんでさかずきつき

 なつかげしのびて 飛沫しぶきたからかに


 くら時世ときようつつきに つどいし姿すがた曼珠沙華まんじゅしゃげ

 なれど面影おもかげりしきずなをとどめたまま

 うたげなみだ似合にあいはしない らぬふりをしてせば

 なつかしきみとこの伊吹いぶき うたげよ はるかに


 歳月さいげつ花枯はなかれるとも

 流転るてんするいのち道行みちゆきに えぬ火影ほかげともにある

 夢語ゆめがたり 永久とこしえ



●歌詞カード(画像ファイル)

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「砕月~人心鬼想」歌詞カード
A4サイズなので大きいです。
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●注記

 

・「砕月~人心鬼想」は、黄昏フロンティア制作のゲーム『東方緋想天 ~ Scarlet Weather Rhapsody.』の楽曲「砕月」を原曲とした二次創作作品です。

・原曲「砕月」の作曲者は、あきやまうにさんです。

・歌詞「砕月~人心奇想」の作詞者は、蒼桐大紀です。

・現状、歌詞だけの二次創作です。

 


●歌詞解説

夜の静寂に揺らいだ 霞ゆくその御影
仰ぎ見るもあたわず 砕け散る水の月

静かでひっそりとした夜の空に、大きすぎて霞むような影が揺れる
(その姿は)あおぎ見ることもできないまま、ただ水面に映った月を砕き散らした。

水面に踊る光は 気配だけを残して
猛る様は 古の語りにぞ垣間見る

水面に踊る(月の輝きを反射した)光は気配しか残らない
猛々しく勇ましい様子は、古い時代の物語にあるとおりなのだ。

※1Aは萃香の自画自賛。鬼の姿、鬼の有り様を語り聞かせることで、人間に鬼が来たぞ、と知らせている。

山霧裂いて裾を見下ろせば まばゆいばかりの星明かり
往来を急ぐ影法師 とどまることもなく

山霧の間から山裾を見下ろしてみれば、まばゆいばかりの街の明かりが見える。まるで星のようだ。
街中を行き急ぐ人たちは、足を止めて月を見上げることもしない。まるで影そのもののようだ。

めぐる季節を幾度暮らしても 花の姿は相似たり
されど人は同じからず 心をなくしたのか

四季を幾度も過ごしていても、花は変わらないままだ。
しかし人間は変わっていく。
(鬼との絆や風流を解する)心をなくしてしまったのだろうか。

※「年年歳歳花相似、歳歳年年人不同(年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず)」
唐の詩人 劉希夷の詩の一節より。
「花は毎年咲くが、それをいっしょに見ていた人はいつか死んで違う人に変わっていく」
歌詞では、人の命のはかなさと変わっていく人の心の両方の意味を込めている。
また、「心をなくしたのか」は「心を亡くしたのか」でもあり「忙しいのか?」という萃香からの問いかけでもある。

遠き日を想い杯を差し出せば
ひとときの暇に憩われて
花の影にぞ朋を見る
いまは夢 やすらかに

かつて楽しく過ごした日々を思って乾杯をしよう。
ちょっと休んで、くつろいでみよう。
花の影はかつての友人の姿のようではないか。
いまは夢を見るようにやすらかに過ごそう。

※鬼と人の宴会。杯としたのは、乾杯の意を込めたのと、酒じゃなくても構わない、という意味でもある。

いつしか誰もがなくし 忘れゆく童歌
夕さり空は風やみ 影さえも残さずに

人はみな誰もがそのうち幼い日に歌い親しんだ歌を忘れ去る。
夕方の空は風がやんで静かだ。(去る人々の)影すらも見えない。

※童歌=「天零萃夢」のことでもある。作詞者は(カラオケ配信でも)そのうち誰も歌わなくなるだろう、と思っていた。

地上の星を望んで 盃に月を受け
夏の蔭を偲びて 舞う飛沫高らかに

星空のような都市の明かりを見下ろして、盃にそそいだ酒に月を映す。
過ぎ去ったいつかの夏の緑をなつかしんで、盃をかかげればしぶきが舞う。

※ここは萃香が一人で飲んでいるので、盃(酒器)となっている。ただ、ちょっとビールのイメージが入っている。

暗き時世を映す月の端に 集いし姿は曼珠沙華
なれど面影は在りし日の絆をとどめたまま

暗い時代を照らしている月明かりのはしっこに集まったのは、曼珠沙華(彼岸花=死者)ばかりだ。
だが、姿はどんなに変わっても、その面影にかつて交わした絆があることを見つけられる。

宴に涙は似合いはしない 知らぬふりをして飲み干せば
懐かしき笑みとこの伊吹 歌い継げよ はるかに

宴会に涙(嬉し涙でも)は似合わない。知らんぷりをして酒を飲み干すと、
なつかしい笑顔と人の息吹、そして伊吹萃香がいる。この楽しい時を語った歌を歌い続けていこう。

歳月は去り行き 花枯れるとも
流転する命の道行きに 絶えぬ火影が共にある
夢語り 永久に

何年経って、どんなに時間が過ぎて、花が枯れ果ててしまっても
出会い別れを繰り返し、やがて死出の旅路に着いたとしても、そばに寄り添う鬼の灯火がある。
語り継がれる夢は、いつまでも絶えることはないだろう。


※補足
 作詞の発端が「天零萃夢」が20周年を迎えられたことへの感謝なので、応援してくださった人たちへの感謝とともに、残ってくれた作品に対する謝意も込めてあります。
 そのため、「天零萃夢」ありきの歌詞となりました。
 コンセプトは、「天零萃夢」が鬼(萃香)が鬼のことを語る歌だったのに対して、「人心鬼想」は鬼が人のことを想って歌う歌としました。
 なるべく平易でわかりやすい言葉づかいにしたかったのですが、「天零萃夢」に引っ張られてしまいました。
 また、以前X(Twitter)であきやまうにさんが『東方ダンマクカグラ』の「砕月」の繋がり方を解説されていて、その折この曲の構成に触れられていました。この解説画像が大変参考になりました。
 さて、ひさしぶりに作詞をしてみました。譜面がないことを差し引いても、譜割りが強引なところやブレスがきついところがあるのですが、このメロディーに対していまはこれ以上のものは出せない、という歌詞ができました。
 最初の段階では(仮に音源を作ってもらえるとしたら)ゆったりしんみりしたバラードを想定していたのですが、書き上げてみれば見事に酒飲み宴会ソングになっていました。
 ちなみに、「天零萃夢」は当時日本酒一合飲みながら1時間で書いたものをそのまま公開した歌詞なのですが、「人心鬼想」は完全に素面で隙間時間に少しずつ書いたものを推敲を重ねてこの形になりました。作詞環境もPCとキーボードだったのが、ほぼスマートフォンで書き上げました。この歌詞解説の文章も移動中に書いています。
 「天零萃夢(砕月〜天零萃夢)」をさまざま形でお引き立ていただき、愛していただきありがとうございます。

 楽しんでいただければ幸いです。

 


 


●「砕月~人心鬼想」の公開につきまして。

「天零萃夢(砕月~天零萃夢)」20周年、と言うとなにやらおおげさですが、2005年にこの歌詞を書いてから20年が経ちました。

正直、残るとは思っていなかったのですが、いまも当時の音源や動画で聞いていただいていたり、カラオケなどで歌っていただいていたり、話題にしていただくことがあり、驚くとともに深く感謝しております。

ボーカロイドがまだ目新しかった2005年にMEIKOで音源を作ってくださった飛絨毯(Flying-Carpet)さま、2008年のリアレンジ版で編曲してくださったRe:nGさま、その際に歌ってくださったRe:A(里都)さま、その動画のイラストを描いてくださったogaさま、カラオケ配信を担ってくださっているJOYSOUNDさま、「砕月」という素晴らしい楽曲を作ってくださったあきやまうにさま、伊吹萃香という強い魅力を持つキャラクターを生み出してくださったZUNさま、黄昏フロンティアのみなさま、さまざまな形で「天零萃夢」をお引き立てくださり、愛してくださったみなさま、本当にありがとうございました。

ささやかながら、20周年の御礼に一筆捧げたいと思い、ひさしぶりに作詞をしてみました。

今回は原曲を『東方緋想天』の「砕月」として、「天零萃夢」の対になるように、あるいは返歌になるように書いてみました。
また、「天零萃夢」が鬼(萃香)が鬼のことを語る歌であったのに対して、「砕月~人心奇想」は鬼が人のことを想う歌としてみました。

ひさしぶりすぎて、あちこち粗が出てしまい、お恥ずかしい限りなのですが、ご笑覧いただければと存じます。

2025年11月1日 祀色工房主宰 蒼桐大紀